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持ち時間

はじめに

麻雀においては、ツモってから捨てるまでにあまり時間をかけることが出来ません。ルールで決まっているわけではないのですが、長考することはマナー違反だとされています。

ここでは、この問題について考えてみます。

 

将棋、囲碁との比較

まずは麻雀と比較的似ているゲームである、将棋や囲碁と比較してみましょう。

将棋や囲碁の公式戦では、持ち時間というものが設定されています。一局につきトータルで何時間考えてよいかがルールで決められているのです。通常は一時間から六時間程度で、それを使い切ると一手につき一分以内で指したり打ったりしなければなりません。

テレビなどで見たことがあると思いますが、持ち時間の残りが少なくなると、記録係が秒読みをして厳密に管理します。もしも時間内に着手出来なかった場合には当然反則負けになってしまいます。

また、アマチュアの大会においても必ず持ち時間が設定されます。対局時計を使うなどして、やはり厳密に管理されます。

これに対して麻雀ではルール上の制約はありません。ツモってから捨てるまでの時間はプレイヤーにすべてまかされています。

にもかかわらず、実際にはほんの数秒しか使うことが許されません。例えばツモの度に毎回10秒考える人がいたとすると、ほぼ間違いなく注意されるでしょう。

私も普段は何気なく2,3秒で切っていますが、よくよく考えてみるとこれはおかしな話です。定められたルールの中で自分に最も有利なことをやるのがゲームの基本のはずです。

ときには一分でも二分でも考えたい手牌もあります。しかし麻雀においては、マナーというあいまいな理由によってこれが許されないのです。

これは、明らかにルールの不備だと言えるでしょう。

 

運の影響

何故このような状況になっているのでしょうか?

ひとつの理由としては、麻雀の結果が運に大きく左右されるということがあると思います。結局運で決まってしまうのであれば長く考えるだけ無駄、という考え方です。

これは、一見するともっともな言い分かもしれませんが、真面目に麻雀に取り組んでいる人にとっては受け入れがたい話のはずです。

にもかかわらず、ほとんどのプロは特に不満を漏らすこともなく従っているようです。つまり、プロたちは真面目に考えることを放棄してしまっているのです。

もちろん、2,3秒で判断をしたとしても、2,3分考えたとしても、結果はそれほど大きく変わりません。得点期待値にして数%から数十%の差しかでないと思われます。この程度の違いというのは、半荘10回かそこらでは観測することが出来ませんので、ならばサクサク打った方が良いということになってしまうのでしょう。

 

待ち時間が退屈

また別の理由として、麻雀は四人でやるゲームだという事があります。将棋や囲碁の場合であれば相手は一人なので、対局時間のうちの半分は自分の手番です。これに対して麻雀では四分の一しか自分の時間がなく、残りの四分の三は待ち時間になってしまうのです。

さらに将棋や囲碁では、相手の着手をある程度予想することができるため、相手の手番であっても次の対策を考えておくことができるという事情があります。

これに対して麻雀では相手の手牌を見ることはできませんし、自分の次のツモ牌を知ることも出来ません。つまり、相手が考えている時間を利用して次の捨て牌をあらかじめ考えておくことが困難なのです。

したがって、三人の相手がそれぞれ一人ずつ考えていくのを黙って待つしかないのです。この待ち時間が退屈だというのがサクサク推奨派の言い分のひとつになっているのです。

 

考えなければいけないこと

上述のような理由によって、実際の麻雀ではほとんど考えることなく判断を下さなければなりません。人によっては、考え込む人=弱い人、というような事を言ったりもします。

もちろん、初級者のうちは無意味に時間を使ってしまうこともあるでしょう。しかし、どんな局面でも数秒で最適な判断を下せるほど麻雀は単純ではありません。

例えば面前得点期待値の計算だけでも相当な時間が必要です。

もちろん、一人麻雀練習機で行っているような計算は暗算では無理なのですが、それに類するような計算を行わなければ、どの牌を切るのが最も有利かということは判断できません。

そのためには、最低でも有効牌の枚数を数える必要があるわけですが、それだけでも3秒では足りません。これに加えて、考えられる和了形の点数を計算し、掛け算、足し算を行う必要があるのです。

とても数秒で出来るようなことではありません。

また、相手の手についても推理する必要があるわけですが、これにも相当の時間がかかります。

例えばリーチをかけた人がいたとします。すると、その人の捨て牌や点数状況を考えて、押すのか引くのかをまず判断しなければいけません。そして、降りるにしても勝負するにしても、どの牌を切ればいいのかという判断が当然必要です。

これだけでも一分くらいはじっくりと考えたいところです。

しかしながら、現在の麻雀界の常識では、これらのことを数秒でやらなければなりません。

はっきり言ってこれは無理です。

 

まとめ

以上のように、麻雀においては時間をかけてじっくり考えるという行動は許されません。これではいつまでたっても麻雀が知的ゲームとして認められることはないでしょう。

このような状況になってしまっているもっとも大きな原因はルールの不備であると言えます。しっかりとルールを決めたうえで、ルール内であれば何をやってもいいという事にしなければ、この問題は永遠に解決されません。

 

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